成果公表ページ
「学習情報研究」2011年5月号に所収
公益財団法人学習ソフトウェア情報研究センターに許諾を得て転載しています
堀田龍也(写真)
「校務の情報化」の今日的意義
堀田龍也(玉川大学教職大学院)
<抄 録>
 「校務の情報化」でいう「校務」とは何か,その情報化はそもそも何を目的としているのかについて,政策への記載や動向などについて示す。その上で,無理のない校務の情報化のための校務支援システムの必要性,導入に際しての考え方などについて述べる。
<キーワード>
校務の情報化,「教育の情報化ビジョン」,校務支援システム
1.校務の情報化とは何か
 校務とは一般に,教員の業務のうち事務的な業務全般を指す。たとえば教材研究で得られた情報の整理,年度当初に集める児童生徒の家庭環境調査表のファイリング,毎月の学年だよりの発行,学期末の通知表の作成など,担任や学年担当の教員として行う校務のほか,教育課程の届出や月行事計画の発行など教務主任等が担当する校務,発育測定等など養護教諭を中心に担当する校務,児童生徒の転入出業務など特定の教員が校務分掌として行う校務などがある。また,区市町村を経由した調査への回答など当該の学校以外の組織との情報のやりとりが行われる校務もある。
 およそどのような職種においても事務的な業務は存在するが,教員が行う校務には,他と比べて次のような3つの特性がある。
1)校務の多くは児童生徒の個人情報を取り扱う。学校教育は,個人情報を取り扱わずに行うことはできない。児童生徒の学習上の特性や性格,場合によっては家庭環境までも把握している教員だからこそできる指導がある。したがって必然的に,情報漏洩や情報セキュリティには最新の注意を払う必要がある。教員の私物コンピュータに個人情報を記録することなどは,本来であれば回避されるべきことである。校務用コンピュータの配備や,セキュリティの担保が求められる。
2)学校は4月に新しい教員を(場合によっては学校長を)迎え,新体制が発足し,年度はじめの準備を十分に行う時間がないまま新入生や進級した児童生徒を迎え入れる。担任が替わり,授業の担当教員が替わっても,時間割に沿って授業が行われ,発育測定や家庭訪問,体育大会などの行事や部活動をこなしながら夏を迎える。夏休み中の学習や生活への指導を施した上で児童生徒を家庭に帰す。このように,どこの学校でもほぼ同じような流れで進んでいく。すなわち,校務の多くは毎年ほぼ同じように繰り返されるルーチン的な業務であり,再利用可能性が高いということになる。そのため,適切な情報管理によって確実に見通しがよくなり,教員の多忙感の解消に直結することになる。
3)校務の多くは,その作業自体が独立して存在するものではなく,他の教員等の業務と連続した業務になっている。つまり,それぞれの校務は,組織の運営のための一部の作業に過ぎない。そのため,組織全体の最適化を前提とした進捗管理が不可欠であり,それぞれの校務がどのように実施中であるかについての可視化が必要となる。学校の運営は,教職員の人件費も含めて税金で賄われており,市役所や郵便局がそうであるように,業務の効率化とサービスの向上は時代の流れである。しかし学校という組織は独特であり,一般の企業等で用いられるソフトウェアをそのまま利用しようとしてもうまくいかないことが多い。専門職としての教員の業務を知り尽くして開発された校務支援システムの導入が不可欠である。
2.校務の情報化の目的と範囲
 「校務の情報化」とは,子どもたちの評価・評定などの成績情報や,生徒指導上の情報,保健発育に関する情報などのさまざまな事務的な業務を,コンピュータを用いて効率化することで,教員の事務負担を軽減し,子どもと向き合う時間を確保しようというものである。
 文部科学省が平成22年度に発足させた「学校教育の情報化に関する懇談会」は,今後数年間の教育の情報化の指針となる「教育の情報化ビジョン」を発表した。そこには,校務の情報化の意義が次のように書かれている(下線は筆者)。「学校における校務の情報化は,教職員等学校関係者が必要な情報を共有することによりきめ細かな指導を可能とするとともに,校務の負担軽減を図り,教員が子どもたちと向き合う時間や教員同士が相互に授業展開等を吟味し合う時間を増加させ,ひいては,教育の質の向上と学校経営の改善に資するものである」。続いて「このような校務の情報化が進むことによって,教職員間や教職員・保護者間で共有する情報の充実,情報共有が増加することによる相互の気付き,校務の処理時間の短縮による時間の使い方の変化,業務の正確性の向上,学校からの情報発信が増えることにより保護者や地域住民の学校への理解が深まること等が期待される」と示されている。
 同ビジョンでは,校務の情報化が対象とする具体的な内容について,「学籍・出欠・成績・保健・図書等の管理や,教員間の指導計画・指導案・デジタル教材・子どもたちの学習履歴その他様々な情報の共有,学校ウェブサイトやメール等による家庭・地域との情報共有等」としており,学校における事務的な業務のほぼ全般が対象となっていることがわかる。後半の「子どもたちの学習履歴」等については,今後,児童生徒用情報端末が配布され活用されることを想定した将来のための文言であり,当面はまだ気にすることはない。むしろ,省庁の文書は優先順位を意識して文言を並べることから,最先端に示された「学籍・出欠・成績・保健・図書等の管理」の情報が児童生徒に対する指導に重要な情報であるとの認識が理解できる。
3.校務支援システムに必要な機能
 「教育の情報化ビジョン」では,校務支援システムをすべての学校に普及させることを直近の課題として示している。また,管理職に対して「校務の情報化を学校経営の中核として位置付け,教職員間でその意義の共有に努めることが求められる」としている。これまでは,校務の情報化も校務分掌の1つとみなし,コンピュータに堪能な教員に丸投げしていることもあっただろう。しかしこの文言は,校務の情報化は学校という組織の経営上の課題であり,管理職がイニシアチブをとるべき重要な案件であるということを強く認識させるものである。
 今日,ほぼすべての教員に対して,1人1台の校務用コンピュータが割り当てられている。しかしそれだけでは校務の情報化は十分には機能しない。コンピュータに堪能な教員たちによって,Excelなどで集計表を自作して校内で利用している場合があるが,当該の教員の異動後のメンテナンスや,情報漏洩の危険性などを考えた時,これは適切ではない。
 校務の情報化が学校経営の改善に寄与するためには,「校務支援システム」の導入が不可欠である。校務支援システムは,各教員がログインすると,関連する情報の入力や参照ができたり,日頃の成績処理や出欠処理の結果が通知表に自動反映されたり,出席簿が自動印刷できたりするなど,校務の効率化には欠かすことができないシステムである。
 なお,一口に「校務」といっても,その領域はたいへん広い。学校経営の改善に直結するのは,「教育の情報化ビジョン」に示されているように,まずは学習指導に関する情報,次に出欠席やその理由等に関する情報である。これらの的確な共有により,経営的判断を迅速に行うことができる。また,これらの情報は,出席簿や通知表,指導要録等の公簿にデータ転送できるため,転記や点検の時間やミスを著しく減少させることになり,学期末であっても教員に余裕ができることがメリットである。それに比べて,会議室の予約等の汎用的な機能は,導入にコストがかからない一方,あまり大きなメリットは生まれない。校務支援システムの選定は,管理職にとっての利便性より,各教員の負担軽減を最優先したい。
4.校務の情報化をどう始めるか:本特集の意図
 本特集には,いよいよ本格化する校務の情報化に対し,政策や行政の動向を理解した上で,無理のない校務の情報化の推進に寄与したいという意図がある。そのために国による「教育の情報化ビジョン」の解説からスタートし,教育委員会レベルでの取り組み例を掲載する。その上で,学校現場でのたくさんの実践例を,管理職,教務主任,教諭のそれぞれの目線から学校種別に具体的に示す。さらに,校務の情報化のための教育委員会の役割,校内研修や教育センターでの研修,学校Webサイト運用による情報公開の推進などについて掲載する。
 この特集が貴校あるいは貴自治体の学校の校務の情報化の推進に役立てれば幸いである。